2008年 10月 11日
<パリ・ドアノー ロベール・ドアノー写真展> |

10月7日(火)~13日(月・祝)
日本橋三越本店 新館7階ギャラリー
ロベール・ドアノーは、私が最も好きな写真家の一人である。
そのドアノーのモノクロ写真約200点が展示されるという本展に、一昨日行ってみた。
ドアノーの写真には、悪戯小僧のお茶目さと、被写体に対する限りない愛情を感じる。
「ギャラリー・ロミのウィンドー」と題されたシリーズなどは、その典型的な例だろう。
友人のギャラリーの、通りに面したウィンドーに随分お尻の立派な裸婦像が飾られている。
ドアノーは店の中から、その絵を見る通行人の表情を覗いている。
一歩間違えばかなり悪趣味な企画だが、彼の写真からは陰険な覗き趣味は感じられない。
代わりにカメラに収められているのは、声まで聞こえてきそうな活き活きした人々の表情。
「オレは見てない、絶対見てないからな!」と不自然なまでにあらぬ方向を凝視する警官。
「んま~っ、何これ!」と目をむいてみせるご婦人。
「おいおい、ちょっと見てみろよ♪」と同僚に笑いかける若い男。
「この絵は構図が・・・」とか何とか、あくまで裸婦像は無視して他の絵について語る奥さん
の横で、ついつい裸婦像のお尻に目をやってしまうご主人。
「何だい・・・昔の私はこんなもんじゃなかったよ」と挑むような視線のおばあさん。
見ているこちらもついニヤニヤしてしまう。
ところが、展示の仕方にもドアノー的悪戯心をたっぷり効かせているのが
この展示会の油断ならないところで、
例えば展示用の壁がところどころガラス張りになっていたりするのだ。
ロミのウィンドーを見る人々の表情に「ありがち~」と、つい頬をゆるめるところを
壁の向こう側の人に目撃されることで、
今度は自分がドアノーの被写体と同じ立場に立たされるというわけ。
ただ、残念ながら、この仕掛けに気づいている人はあまり多くないようだったけれど。
もう一つおもしろい工夫だな、と思ったのが会場内に順路がなくて
あたかもパリじゅうを隈なく歩き回ったドアノーのように、うろうろと寄り道しながら
散歩気分で見て回れること。所々にベンチまで置かれていたりして。
今回展示されていた作品の中には、これまで写真集やネットで見たことのあるものも
結構多かった。でも、やはり紙に焼かれた写真というのは持っている力が違う。
一番それを感じたのは「パリ市庁舎前のキス」。
ドアノーの作品のうちでおそらくもっとも有名なこの作品が、
実は多少演出されたものであることは知っていた。
キスしているカップルは本当の恋人同士だったのだが、
キスはドアノーの依頼によるものだったという。
とても素敵な写真だとは思うけれども、この1枚が格別好きというわけではなかった。
なのに、この写真の前に立った時、私は危うく泣きそうになった。
彼は風のように気まぐれに、ふと立ち止まってキスをする。
戸惑いもみせずそのキスをしっかり受ける彼女。
撮影されたのは1950年。
戦後まだ5年しか経っておらず、世の中全体はまだ決して明るくはなかったはずだ。
実際、恋人たちの背後の人々は眉間にしわを寄せ、険しい顔をしている。
その雑踏の中で交わされるキス。
静止した二人を自由な空気が包み、爽やかな幸福感が広がる。
戦争は終わった。
恋人たちが当たり前に愛し合うことができる新しい時代の息吹を、
ドアノーはこの一瞬に封じ込めた。
人々の幸せな瞬間を撮りたい、と言い続けたドアノーの真骨頂といえる写真だと思う。
街中のスナップももちろんいいけれど、ドアノーが撮ったポートレートがまた私は大好きで、
今回一番印象に残った写真も、女優ジュリエット・ビノシュのポートレートだ。
真っ白で、全く飾り気のないワンピース姿のビノシュが、大股で歩いている。
確か小池真理子さんの本に、この女優はいつも腹立たしそうだ、という指摘があったけれど
この写真のビノシュも、まだ若いというのに、何ともつまらなそうな顔で
目線を斜め上にむけたまま、ズカズカと歩いている。
ズンと突き出した脚も、女優のものとしては些か逞しすぎるようだ。
女優という身でありながら、こういう姿を平気で撮らせるビノシュの肝っ玉を
見事に捉えた作品だと思う。
そして私も、ビノシュの、まさにそういうところが好きだったりする。
この写真の絵葉書があればよかったのになぁ・・・
かなり大規模な写真展の割には会期が短いのが残念。
残り3日間です。
機会があれば、ぜひ。
by immigrant-photo
| 2008-10-11 00:15
| 美術展

