2008年 07月 25日
はるかなる鉄筆 |

近所のお母さん友達と立ち話をしていて、我ながら変なことを思い出した。
私は中学生のとき、“マイ鉄筆” を持っていた。
・・・と言っても、「鉄筆」を知っているのはある年齢以上の人に限られるだろう。
ガリ版で印刷用原稿を作るための専用の筆記具で、
尖った金属の先端で原紙を引っ掻くようにして書く、文字通りの鉄の筆だ。
単純な道具は大体そうだが、これも使いこなすには熟練を要する。
原紙は向こうが透けて見えるほど薄いので、うっかり力を入れすぎると
穴が開いたり、破れたりするのである。
私が中学生だった当時、主流はすでにボールペン原紙と呼ばれる緑色の用紙だった。
これはボールペンで普通に書く感覚で使えるし、破れにくくて使いやすい。
だから鉄筆を使ってガリ版をきっておられた先生はもはや少数派だったと思う。
そして私が直接知っていたのはただ一人、英語科のF先生だけであった。
そのF先生のプリントを、私は偏愛していた。
鉄筆で書いた線は、ボールペン原紙のそれよりカリカリしていて、とても特別な感じがした。
しかもその線で書いてあるのが、中学で初めて習う英語である。
もう完全に別格なのであった。
それで学級新聞を作る係になった時、自分の鉄筆を買ったのだ。
単純なことこの上ないが、本人としては一応将来は学校の先生になるつもりだったので
ちょっとした先行投資のつもりもあったと思われる。
というようなことを友達に話しているうちにもう一つ思い出したのだが、
同じ理由から私はマイチョークもドロップの空き缶に入れて持ち歩いていた。
これは連絡係になった時に、宿題などを黒板に書くのに使った。
さらにもう一つ、先生方がテストに丸をつける時に使っておられた
直液式の赤ペンにも実は目をつけていたのだが、
これは同じものが見つからず、他のもので妥協するのもいやだったので諦めた。
・・・と、こうして振り返ってみると、本当に学校の先生になりたかったのか
単なる文具フェチだったのか、自分でもわからなくなってきた。
それにしても、鉄筆などというマニアックなものを、中学生の私はどこで手に入れたのか・・・
それがどうしても思い出せない。
私が住んでいたいなかの町には、そういうものを売っていそうな文具専門店などなかった。
大体、小遣いももらっていなかったのに、親に何と言ってお金をもらったのか?
それらの疑問に対する答えは、鉄筆の行方とともに杳としてわからず
改めて、今日までに流れた歳月の長さを実感した夏の日の朝であった。
by immigrant-photo
| 2008-07-25 00:11
| wanderings