2012年 04月 17日
『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』(公開中) |
1980年日本公開の『クレイマー・クレイマー』を観て以来、
メリル・ストリープの作品は何作も観た。
好き嫌いでいうとそんなに好きなわけでもないのだが
本当に演技力のある人だといつも感心する。
アカデミー賞ノミネートは実に17回。
そして本作で3度目の受賞を果たした。
名実ともに、現代の映画界を代表する大女優である。
しかし・・・
この人がどんな役を演じても「メリル・ストリープ」に
見えてしまうのは、私だけだろうか。
役になりきれていない、というのではない。
どんな役柄も幅広くこなし、
いずれもすばらしい演技をしているにもかかわらず
私の中ではいつも「メリル・ストリープ」に見える。
それがこれまで不思議で仕方なかった。
ところが、本作のテレビコマーシャルを見たときは
そうではなかったのだ。
画面の中で聴衆に手を振っているのは、サッチャーだった。
まだ記憶に新しい実在の人物だし、
顔そのものはそれほど似ているとは思わないのに
全体まるごとがまさしくサッチャー。
メリルが初めてメリルに見えなかったという意味で
私にとっては記念すべき作品、
これは何としても観に行ってみなくては、と思ったという次第。
アカデミー賞受賞作とはいえ、公開から少し日も経っていたせいか
シネコンの広い館内はがらがらで、観客はせいぜい20数名。
私よりは年配の方々が多いように感じた。
それもそうか。
サッチャー首相在任中、もう小さな子供とは言えない年齢だった私にとってさえ
英国史上初の女性宰相となった彼女が
実際どんな仕事をし、国民からどのように受け止められて
最終的にどうして第一線を退くことになったのか、
なんてよくわからないもの。
すみません・・・政治とか世界情勢とか疎くて。
そもそも、一時はあのソ連に「鉄の女」と恐れられた女傑のことを
この映画が話題になるまで、私は殆ど忘れていた。
そのことに、自分で少し驚いた。
まだそんなに昔のことでもないのに。。。
だから、この機会にもうちょっとちゃんとサッチャーという人のことを知りたい、
知ることができるといいな、という期待もしながら上映を待った。
メリル・ストリープは本当にすごかった。
凄まじいほどサッチャーその人を体現していて、
これはもう、アカデミー賞でも何でも差し上げて下さいっ!と
主演女優賞受賞には心から納得。
上にも書いたように、私はサッチャーのことをそんなにきちんと覚えていないのだが
それでもちゃんとサッチャーに見えるというのは凄いことではなかろうか。
もちろん、これまたアカデミー賞獲得というメイクアップの力
によるところも大きくはあるのだろうが、
ちょっとしたからだの動かし方や姿勢、声のトーン、言葉の切り方・・・
メリル・ストリープの細やかな演技が、私の曖昧な記憶に働きかけて
かつてテレビ画面で見ていたサッチャー首相の姿を
全体として活き活きと蘇らせる。
そういえばあの頃は、万事がやたらギンギンと派手な時代であったよな
と、思わず遠い目になってしまったが
かつてそういう時代があったことを久しぶりに思い出したのも
個人的にはおもしろい体験だった。
ただ、残念ながら映画としては好きじゃなかった。
2008年に出版された娘の手記によって、サッチャー元首相が
現在認知症を患っていることが初めて明らかとなった。
その本を読んで、脚本家アビ・モーガンは
国際政治の場で華々しく活躍していたサッチャーのような人間にも
「老い」は平等に訪れるという事実に衝撃を受けたという。
そして彼女が「王となった人間が権力を失うというのは
どういうことなのかを追求してみたい」と思って書き上げた台本を元に
この映画が制作されたそうだ。
だから、政治家として華々しく活躍するサッチャーではなく
すっかり老いて、弱くなってしまったサッチャーの方に
力点をおいているのだと。
大英帝国を率いる首相であると同時に妻であり母でもあった
サッチャーのかかえていた葛藤や、犠牲、後悔を描いた
人間ドラマであり、政治家の伝記とは違うのだと。
それはわかる。
わかるんだけれども、それにしてもあまりにもサッチャーの描かれ方が
憐れで惨めったらしすぎるような気がして。
一言で言うと愛が感じられない。
結局、この映画を作った人たちにとって
サッチャーとはどういう人物だったんだろう?
と、あらためて疑問を感じてしまったのがラストシーンだ。
いかにも、呆けた奥様に調子を合わせてやっているのだといった風情で
今日のスケジュールを確認する声に
「どこにも行かないわ」
と応じて、自らティーカップを洗う老サッチャー。
恋人のプロポーズに「私はティーカップを洗うだけの女にはなれないわよ」と
即座に返したのは、若き日の同じ人物である。
かつての発言を、本人にわざわざ裏切らせるかのようなこのラストシーンは
多くの犠牲を払いながら、理想の社会を目指して政治家として戦ってきた
(その方針や手法に対する評価はいろいろあるにせよ)
一人の人間としての彼女の生き方を全否定していることにならないのだろうか。
これで「ほら、年とれば誰だって同じなのよ、ね?」と同意を求められても
私はとても共感できない。
ひどくいじわるで失礼な視点が強く印象づけられてしまう
私的には非常に後味の悪いラストシーンだった。
by immigrant-photo
| 2012-04-17 17:01
| 映画