2011年 12月 28日
水口惠子「ふるさと」@南製作所(4) |
ここでご紹介したダンスは、9月にプラットフォーム・スタジオで開催された
「パンドラの箱」の演目の最終リハーサルにあたる。
(「ふるさと」本番の写真は こちら )
最終リハーサルだから、普通は本番と同じ会場で踊るのだけれど
水口さんは、どうしてもこの場所で踊りたい、と強く望まれたのだった。
南製作所。
夏至の日にここに初めて訪れて、本当にすばらしい1日を過ごさせていただいた私は
ここで水口さんのリハーサルが行われると聞いて、
ぜひまた撮影させてほしいとお願いした。
金属でありながら人肌の温もりを感じさせる旧い機械たちが、懐かしかった。
(夏至の日の写真は こちら から、3日間の連載。)
9月11日。
夏至の日から2ヶ月半ほど経って再訪したその場所は、
しかし前回とかなり様子が変わっていた。
機械たちは、ひんやりと静まってそこに在った。
染み付いていた人の気配が、随分薄くなっていた。
その印象は、水口さんのダンスが始まっても変わらず
前回は、工場内を所狭しと動き回る水口さんを目を細めて見守り、
戯れかかられれば気安く応じていた機械たちが
今回は、しんとして最後まで押し黙ったままだった。
撮影中の印象は、帰宅後、画像を確認するうちにますます強まったが、
水口さんも同じように感じておられたことを
その夜彼女から届いたメールで知った。
前回は機械のなかに入っていけたような魂の柔らかさで
臨んだのでしたが、今回は触れることで別れていくような、
感じを味わいました。機械は硬く、重く時を重ねて
そこにいました。
だから今回の写真は、切なさをともなうものとなった。
それでも敢えてこれだけの枚数を掲載することにしたのは、
一つには、残念ながら南製作所でのリハーサルにはいらっしゃれなかった
yuko先生への、遅ればせながら(にしても遅れ過ぎ、ですが)のご報告のため。
そしてもう一つは、6月と9月の2回の撮影を通して、
思い出の場所を大切に守りたい気持ちも愛情なら、
うつろいゆくものたちを無理に留めようとせず、そっと送り出すのもまた愛情、
というようなことを感じたからだ。
「ふるさと」と題された作品を、思い出深いこの場所で踊りながら
機械たちに別れを告げていたという水口さんの姿に
哀しみよりも、深い愛情を感じていただけたなら、
秋の初めのこのひとときを、こうして写真に残した意味もあろうかと思う。
by immigrant-photo
| 2011-12-28 06:16
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