2011年 07月 24日
夏至の夕べ (3)集い |
踊りが終わってからも、「気が済むまで撮っていい」と言われたので
私は一人工場に残って、ホントにもう、思う存分撮らせていただいた。








何もこんなところまで・・・とは、我ながら思うのである。
けれど、どんなささやかな部分にも、お父様のお人柄や
ここで重ねてこられた日々の想い出、流された汗が感じられて
何とも言えずうつくしい。
それでついつい撮ってしまった。
漸く私が3階のお部屋に戻ったときには、
みなさんすっかりくつろいだ様子で、歓談中。
でも、いすゞさんの姿が見えないようですが・・・
と思ったら、彼女は次なる企画、お茶会のためにお支度中とのこと。
ほどなく和服姿で現れたいすゞさんは、女の私から見ても本当に素敵だった。
いすゞさん持参の野点の道具を使って、いよいよお茶会の始まり、始まり・・・

いいなぁ・・・
何かこういうのカッコイイよなぁ・・・
「ケッコウナオテマエデ」をいつ言えばいいのかもわからない
非文化人の私は、ただただ感心するばかり。
ここでもまた、ゆたかな時間を過ごしている人たちに囲まれて
わが日常を恥じる他なかった。
が、こんなすてきな時間を、自己嫌悪に陥って台無しにするのは野暮というもの。
反省はまた別のときにすることにしよう!
で、次は何?何?
おいしいお茶やらお菓子やらでいっぱいになったお腹が
程よくこなれたところで、いよいよこの日最後の企画
「夏至の夕日を見る」ため、みんなで屋上へ。
東京とはいえ、3階建ての屋上から見る空は思いのほか広い。
少し雲は出ていたが、何とか夕日は見られそうだった。
それぞれに思い思いの場所で、日が沈むのを待つ。
何だか夢の中のような、不思議な時間が流れた。

こうして、私にとって特別に思い出深い1日となった
2011年の夏至は暮れた。
心ゆたかな人たちとこんな風に過ごした夏至の1日を、
私はこれからも時々、そっと宝箱を開けるように思い出すと思う。
私は一人工場に残って、ホントにもう、思う存分撮らせていただいた。








何もこんなところまで・・・とは、我ながら思うのである。
けれど、どんなささやかな部分にも、お父様のお人柄や
ここで重ねてこられた日々の想い出、流された汗が感じられて
何とも言えずうつくしい。
それでついつい撮ってしまった。
漸く私が3階のお部屋に戻ったときには、
みなさんすっかりくつろいだ様子で、歓談中。
でも、いすゞさんの姿が見えないようですが・・・
と思ったら、彼女は次なる企画、お茶会のためにお支度中とのこと。
ほどなく和服姿で現れたいすゞさんは、女の私から見ても本当に素敵だった。
いすゞさん持参の野点の道具を使って、いよいよお茶会の始まり、始まり・・・

いいなぁ・・・
何かこういうのカッコイイよなぁ・・・
「ケッコウナオテマエデ」をいつ言えばいいのかもわからない
非文化人の私は、ただただ感心するばかり。
ここでもまた、ゆたかな時間を過ごしている人たちに囲まれて
わが日常を恥じる他なかった。
が、こんなすてきな時間を、自己嫌悪に陥って台無しにするのは野暮というもの。
反省はまた別のときにすることにしよう!
で、次は何?何?
おいしいお茶やらお菓子やらでいっぱいになったお腹が
程よくこなれたところで、いよいよこの日最後の企画
「夏至の夕日を見る」ため、みんなで屋上へ。
東京とはいえ、3階建ての屋上から見る空は思いのほか広い。
少し雲は出ていたが、何とか夕日は見られそうだった。
それぞれに思い思いの場所で、日が沈むのを待つ。
何だか夢の中のような、不思議な時間が流れた。

こうして、私にとって特別に思い出深い1日となった
2011年の夏至は暮れた。
心ゆたかな人たちとこんな風に過ごした夏至の1日を、
私はこれからも時々、そっと宝箱を開けるように思い出すと思う。
by immigrant-photo
| 2011-07-24 21:05
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