2011年 05月 15日
< ベッティナ ランス 写真展 女神たちの楽園 > |

2011年3月26日(土)~5月15日(日)
東京都写真美術館
いつものことながら、今日までの展示を今ごろ紹介して何になる?と思いつつ。
ファッション写真って、すごくきれいだとは思うけれどあまりおもしろくはない。
きれいな人がきれいに写っているだけなら、フジカラーのCMと変わらんではないか・・・
きれいでないオバサンは、やっかみ半分にこう思うだけである。
けれど、たまたまネットで見かけたこの展示の紹介記事に掲載されていた
モニカ・ベルッチの写真を見て、どうしてもこの展示を観たくなった。
「イタリアの宝石」
と称される彼女が実は私と同年代だと、つい先ほど調べて知って、
今軽く衝撃を受けているのだが、それはさておき
輝かんばかりの美貌もさることながら、体も実に立派(cf. 映画『マレーナ』)な
彼女はラテン的にパーフェクトな “いい女” である。
それはとてもよくわかるのだけれど、
私はこれまで、この人をあまり魅力的だと思ったことはなかった。
それはまぁ、私が女だからなのかもしれないし
あるいは、彼女があまりにパーフェクトだからかもしれないし。
人間味って、ちょっと欠けていたり足りなかったりする部分があるからこそ
垣間見えるものだったりするじゃないですか。
でも、ベッティナ ランスが撮った写真の中のモニカ・ベルッチは
とても美しくて、しかも活き活きと瑞々しい。
ポーズをとっているのに、全然不自然な感じがしなくて、
開かれている感じがした。
実際会場を訪れてみると、そこにはモニカ・ベルッチに限らず
「飾り気のない心情や濃厚な人間性を惜しげもなくさらし」(チラシより)た
美女たちがずらりと並んでいた。
いずれも映画・音楽・ファッション界の第一線で活躍してきた女性たちである。
実際には美容スタッフや照明係など、たくさんの人たちが周辺にいるはずなのに
そういう人たちの存在はまったく感じられない。
被写体とカメラマンとが、極めてプライベートな世界を創りあげていて
だからモデルはそこでためらいなく自分をさらけだせるのだろう。
モニカ・ベルッチとは特に相性がいいように思った。
どの1枚をとっても、彼女がカメラマンの意図をよく理解し
ともに一つの世界を創ることを愉しんでいるということが伝わってくる。
きれいなだけじゃないモニカ・ベルッチを発見できたのは、
私にとって本展示での大きな収穫だった。
とはいいながら、個人的に一番おもしろかったのは、
シャーロット・ランプリングとカトリーヌ・ド・ヌーヴの写真。
開けっぴろげな若い美女たちの笑顔の中で、
フランス映画界を代表する(ランプリングは英国人だが)この二大女優の
クールな表情が異彩を放っている。
特に1985年撮影のシャーロット・ランプリングのモノクロ写真など
これ以上はないのではないかというほど完璧な無表情。
もともと表情の派手な人ではないけれど、それにしてもこの無表情さはあまりにすごい。
これはねぇ・・・この1枚に関しては
シャーロット・ランプリングの女優魂の勝利ではないかと思うのですよ。
カメラごときに内面なんて写されてたまるか、みたいな。
見事に “雑誌の表紙用の顔” に徹していてかっこいいです。
あ・・・でも、無表情の向こうに女優魂が透けて見える写真になっているということは
やはりカメラマンの勝ちなのかな。
いずれにせよ、明るく元気にカメラの前におのれを晒す若い世代とは一味違った
緊張感のあるこの1枚も含め、被写体にまさに肉薄するカメラマン、ベッティナ ランスの
息遣いも聞こえてきそうな力作揃いでした。
・・・って、今ごろオススメしても、もう最終日の夕方ですね。
いつも役立たずのご紹介ですみません。
by immigrant-photo
| 2011-05-15 17:10
| 美術展

