2009年 09月 12日
コラボレーション 「庭の神」「ツバキリン」 |
8月の後半、東京・目白の椿山荘で「真夏の夢」という展示会が開催されました。
展示会そのものは友人と共に楽しませていただいたのですが、(その時の感想はこちら)
最終日の8月30日、出展者の一人である金属造形作家 本山ひろ子さんの
作品撮影のため、私は再び目白に向かったのでした。
* * *
途中の駅で本山さんの車に拾っていただいて、いざ、会場へ。
本山さんは今回、屋内・屋外にそれぞれ1点ずつ出展されている。
この日は時々小雨のぱらつく不安定な空模様だったので、
雨がひどくならないうちに、と先ずは屋外の作品から撮影を始めた。
「庭の神」

ニワトリ型のこの神様は、元々椿山荘に設置されていた七福神に加わる八福神目で、
ニワの守り神なのだそうだ。傍らにはそういう由来を語る立派な立て札まで立っている。
本家の七福神は石だがこの神は真鍮製で、新参者ながら存在感はバッチリ。
背景の赤鳥居が、神様らしい威厳をいや増している・・・
とはいいながら、実はこの鳥居は元々この場所にあったもので
特に庭の神のために用意されたものではない。
にもかかわらず、このしっくり感はどうだろう。
本山さんの作品が、違和感なくこの場に溶け込み
この場所がまた、本山さんの作品を自然に受け容れる。
そんな、作品と場との活きた交流みたいなものを感じてもらえるような
写真にしたいと思いながら、シャッターを切った。
「ツバキリン」

この作品が展示されていた部屋<ギャラクシー>は宴会場で
照明といい、絨毯といい、隅々までがゴージャス仕様の大空間だった。
ここには本山さん以外にも数名の作家の作品が展示されていたのだが、
それらがいずれも “椿” や “椿山荘” からイメージを膨らませたものであるだけに
個々の作品の個性の尖がりをやんわりと包み込むような空気があった。
一つ一つを見れば、それぞれに全然雰囲気の違うものなのに、
お互いがお互いの背景と成り合うことで引き立てあっているようにも見えた。
そういう場にある、本山さんの作品「ツバキリン」。
昨年撮らせていただいた「三本木」キリンの別バージョンで、
耳が椿の花の形になった椿山荘仕様だ。
「三本木」同様、今回も本山さんオリジナルの物語がついている。
離れ離れになってお互いを待ちこがれるうちに椿になった、仲良しのキリンたちのお話。
「三本木」もそうだったけれど、本山さんの物語の主人公たちの
ひっそりと寄り添う感じが、私はとても好きだ。
そして、木に形を変えても脈々と続くキリンたちのひたむきな想い。
だからキリンの部分と木の部分とは自然に、ひとつながりに感じられるように。
そんなことも考えながら撮った。
次々と訪れる来客ににこやかに応対しながら、結局、夕方までのほぼ丸1日
本山さんは付き合ってくださったのだったが、この展示が終わったら、
休む間もなく次の展示の準備に取り掛かるとのことだった。
なので、当分、この時の写真の整理にまで手が回らないだろうと思っていたが、さにあらず。
すでに彼女のホームページには「椿山荘」のコーナーができていたので
慌ててこちらでも紹介させていただいたという次第。
他の写真は、本山さんのホームページの方でご覧ください。
motoyama hiroko works (「入り口」→「椿山荘」)
なお、本山さんの次回の展示は、以下の通り。、
車でないとなかなか行きにくい場所ではありますが、とても素敵なギャラリーです。
おいしい軽食も食べられますので、ランチも兼ねて、いかがでしょう?
2009年9月21日(月曜日)~9月26日(土曜日)
10:00~17:00
会場 ギャラリー風草
千葉県印旛郡印旛村山田1815-1
Tel:0476-98-0695
(北総線「印旛日本大駅」より車で7分 / 京成線「佐倉駅」より車で10分)
展示会そのものは友人と共に楽しませていただいたのですが、(その時の感想はこちら)
最終日の8月30日、出展者の一人である金属造形作家 本山ひろ子さんの
作品撮影のため、私は再び目白に向かったのでした。
* * *
途中の駅で本山さんの車に拾っていただいて、いざ、会場へ。
本山さんは今回、屋内・屋外にそれぞれ1点ずつ出展されている。
この日は時々小雨のぱらつく不安定な空模様だったので、
雨がひどくならないうちに、と先ずは屋外の作品から撮影を始めた。
「庭の神」

ニワトリ型のこの神様は、元々椿山荘に設置されていた七福神に加わる八福神目で、
ニワの守り神なのだそうだ。傍らにはそういう由来を語る立派な立て札まで立っている。
本家の七福神は石だがこの神は真鍮製で、新参者ながら存在感はバッチリ。
背景の赤鳥居が、神様らしい威厳をいや増している・・・
とはいいながら、実はこの鳥居は元々この場所にあったもので
特に庭の神のために用意されたものではない。
にもかかわらず、このしっくり感はどうだろう。
本山さんの作品が、違和感なくこの場に溶け込み
この場所がまた、本山さんの作品を自然に受け容れる。
そんな、作品と場との活きた交流みたいなものを感じてもらえるような
写真にしたいと思いながら、シャッターを切った。
「ツバキリン」

この作品が展示されていた部屋<ギャラクシー>は宴会場で
照明といい、絨毯といい、隅々までがゴージャス仕様の大空間だった。
ここには本山さん以外にも数名の作家の作品が展示されていたのだが、
それらがいずれも “椿” や “椿山荘” からイメージを膨らませたものであるだけに
個々の作品の個性の尖がりをやんわりと包み込むような空気があった。
一つ一つを見れば、それぞれに全然雰囲気の違うものなのに、
お互いがお互いの背景と成り合うことで引き立てあっているようにも見えた。
そういう場にある、本山さんの作品「ツバキリン」。
昨年撮らせていただいた「三本木」キリンの別バージョンで、
耳が椿の花の形になった椿山荘仕様だ。
「三本木」同様、今回も本山さんオリジナルの物語がついている。
離れ離れになってお互いを待ちこがれるうちに椿になった、仲良しのキリンたちのお話。
「三本木」もそうだったけれど、本山さんの物語の主人公たちの
ひっそりと寄り添う感じが、私はとても好きだ。
そして、木に形を変えても脈々と続くキリンたちのひたむきな想い。
だからキリンの部分と木の部分とは自然に、ひとつながりに感じられるように。
そんなことも考えながら撮った。
次々と訪れる来客ににこやかに応対しながら、結局、夕方までのほぼ丸1日
本山さんは付き合ってくださったのだったが、この展示が終わったら、
休む間もなく次の展示の準備に取り掛かるとのことだった。
なので、当分、この時の写真の整理にまで手が回らないだろうと思っていたが、さにあらず。
すでに彼女のホームページには「椿山荘」のコーナーができていたので
慌ててこちらでも紹介させていただいたという次第。
他の写真は、本山さんのホームページの方でご覧ください。
motoyama hiroko works (「入り口」→「椿山荘」)
なお、本山さんの次回の展示は、以下の通り。、
車でないとなかなか行きにくい場所ではありますが、とても素敵なギャラリーです。
おいしい軽食も食べられますので、ランチも兼ねて、いかがでしょう?
2009年9月21日(月曜日)~9月26日(土曜日)
10:00~17:00
会場 ギャラリー風草
千葉県印旛郡印旛村山田1815-1
Tel:0476-98-0695
(北総線「印旛日本大駅」より車で7分 / 京成線「佐倉駅」より車で10分)
shinobuさん、こんばんは。
ブログ掲載ありがとうございます。しかも、次の展示のご案内までw
shinobuさんに撮影をお願いしてからというもの、自分の作品を客観的にみる機会がぐーーーーーーーんと増えた様な気がします。
作品というのは、完成で一つの区切りを迎える訳ですが、写真となった作品達は、新たに息を吹き返し、私に新鮮な発見を与えてくれます。
本当にありがとうございます。
ブログ掲載ありがとうございます。しかも、次の展示のご案内までw
shinobuさんに撮影をお願いしてからというもの、自分の作品を客観的にみる機会がぐーーーーーーーんと増えた様な気がします。
作品というのは、完成で一つの区切りを迎える訳ですが、写真となった作品達は、新たに息を吹き返し、私に新鮮な発見を与えてくれます。
本当にありがとうございます。
>モトヤマヒロコさん
こんばんは。
次回展示の準備でお忙しい時でしょうに、書き込みありがとうございます。
モトヤマさんがご自分で撮られた写真がとてもすてきなので、私なんかが撮らせていただいていいものかと、いつも申し訳ないような気がしているのですが、私という“他人”の視点を介することによって見えてくるものもあるのだとすれば、少しはお役に立てていることもあるのかなぁ、と。
私こそ、ドキドキするほど楽しい撮影の機会を与えていただいていることに、心から感謝しています。どうもありがとうございます。
風草での展示、楽しみにしています。
いよいよラストスパートの今週、
あとひと踏ん張りがんばってくださいね~♪
すばらしい。。。。
こんなきりんになりたい
そんな風に思わせてくれる一枚
沸き立つ熱い思いや優しさや。。
あらゆるものが伝わってきます
素晴らしい作品とお写真 !
こんなきりんになりたい
そんな風に思わせてくれる一枚
沸き立つ熱い思いや優しさや。。
あらゆるものが伝わってきます
素晴らしい作品とお写真 !
>はるのふくさん
本山さんの作品には、深いところからやんわり伝わってくるぬくもりと
どっしり構えて揺るがない力強さを感じます。
例えていうなら、お日さまにゆっくりあたためられた大地のような。
そして作品という “子” は、やはりそれを産んだ “母” に似るものだなぁ、と
あらためてそう思うのです。

